シルクロード Diary
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知らなかった世界
むしろアメリカへ
もう、この旅行は10年も前(1998年)の話になるのだけど、一番衝撃を受けた旅行でして、”旅で人生観変わるなんてことない”なんて言う人がいるし、私もそれを求めて旅行しているわけじゃないけど、この旅は人生観をぐるっと変えた。
そもそも、私自身この頃興味があったのはアメリカと欧州だけだった。
映画や英語が好きだったし、美術やきれいな町並みが好きだったから、その辺を旅したいな〜と夢見ていたわけで、アジア…ましてや中国なんて…むしろ怖くて行きたいなんて考えた事なかった。
なのに、当初付き合っていた彼Tくんは半年前に中国留学から帰ってきたばかりというやつで、学生カップルにとっては花の夏休みなのに「(2ヶ月あるうちの)1ヶ月は中国に旅行に行ってくるよ。」と言うではないか。
続けて「もし、よかったら一緒に行く?」と聞いてきた。
そっから数分考えた、興味もなければ怖くて行きたくない。
けど、花の夏休みに1ヶ月も離れるの嫌だな…、この機会を逃したら行くことはない国だろう…。
それなら行ってみようかな…。と決めたのでした。
衝撃の前情報
衝撃は日本での準備段階からでした。
一ヶ月近くも行くのに10万くらいあれば大丈夫、貧乏旅行になるからドミトリーに泊まったり、バス泊・列車泊したりするからお風呂も入れない日があるかも、それに中国のトイレは世界ワースト3には入るからね!と言われたところからスタートした。
私はツアー(終日フリー)でハワイしか行ったことなかったし、そもそも旅行というのはツアーかホテルとか予約して、スーツケースやボストンバックでいくものだと思っていたので、バックパックしょって飛行機のチケットだけ決めてフラフラするなんて出来る事を想像したことなかった(ドミトリーの存在も知らなかった!)。
でも、できるらしい。
友達や親に言うとそんなことして大丈夫?と心配され、私だって心配だったから、余分にお金を準備していて、途中で無理だったら自分だけ帰国してもいいという約束をしていたくらい、心配だった。
いろいろと心配で、汚い格好していった方がいいよと言われたのも真に受けてパジャマとして使っていた、ハーフパンツとTシャツで行くことにした。
(現地で見掛ける日本人&Tくんはわりと小綺麗でしたので、私だけ本当に汚いというかヨレヨレでした…(;_;)
衝撃の別渡航宣言
そして準備段階最後の衝撃は、Tくんが「僕の親父がマイレージ使っていいよって言うから、飛行機は別で、北京空港で待ち合わせにしよう!」と言ったことでしょうか…。
私より早い便で先に到着しておいてくれるそうです…。
私の分のチケットだけを買いに、HISに付いてきてくれました…せめてもの優しさかと思ったら、ビザ申請したかったようです(爆
謝々
でもね、今思うとあんな旅行に連れて行ってくれた事に大変感謝してるんです。
旅慣れていない女の子を中国にバックパッカーで連れて行くって、正直かなりめんどくさい行為だし、何かあったら責任とらなきゃいけないだろうし。
きっとTくんは私以上に、大変だったと思うけど、楽しく無事に終了して、来てくれてありがとう!って言ってくれたわけです。
だから、旅中この彼氏ひどいんじゃない?という部分もあるかもしれませんが、なかなかいいやつだったのをここで一筆。
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