火葬場で考える

バラナシの火葬場は、日本の火葬場とは違って野外で手作業だ…そして普通に観光客が眺めたりもできる。 かなり詳細に燃えていく様子が見えるとのことで、気分が悪くなったりして、私にはちゃんと見れないかも…なんて思っていたけど、あの場所にいると自然と受け入れられちゃう。

少なくとも私は明日のごはん、来週の飲み会、もっと先も生きている事が約束されているかのように生活していて、自分のまわりの人も同じように欠ける事なく存在していると、漠然と信じてるとこがある。 でも、変わらない毎日を過ごしている事は、本当はすごいことなんだなとか。普通に1日終われるって奇跡なことに感じたんだよ。あれだけ死が日常にある場所で過ごしてみると、色々考えますわ。

難しいテーマだし一生ぐるぐる考える事なんだろうけど、特別なことではないんだな…。 河を死体が流れていたりして、ボート漕ぎが「おい、そこ死体が浮いてるぞ。写真撮っていいぞ。(←悪趣味だが勢いで撮ってしまった…)」なんて会話があるような所だし。

だからといって、死を軽くみているとかではなくて、神聖なものとして扱っているからこそ、火葬場ではシヴァという神様の火が24時間何百年も灯され続けていて、その分け火で火葬し、神聖なガンガーに流すという儀式を大事にできてるんだろう。
こういう考え方が出来るのは宗教のおかげかもしれません。 ガンガーに流されたいという想いを叶える事、来世があると信じること、本人はもちろん遺族としても救われる教えですよね?

世界中でこういう場所は少ないと思われるので、行った価値があったなと思ってます。

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